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社会

八木校 久保

歴史のウラ話

三億円事件

 今回は「三億円事件」についてお話しします。生徒の皆さんはこの出来事を知っている人はほとんどいないと思います(歴史の授業でも習いません)。今から50年以上前、いともあざやかに3億円もの大金が奪(うば)われた、現在でも未解決(みかいけつ)となっている事件です。

 1968(昭和43)年12月、東京都府中(ふちゅう)市で、東芝(とうしば)府中工場の従業員のボーナス約3億円を輸送中の現金輸送車が突然(とつぜん)白バイ隊員に停止を命じられました。白バイ隊員は現金輸送車の運転手に、「あなたの銀行の支店長の家が爆破(ばくは)されました。この輸送車にも爆弾が仕掛(しか)けられている可能性があります」と言って、輸送車に乗っていた銀行員4人を車から降ろしました。白バイ隊員は輸送車の下にもぐり込むと、「爆発するぞ! 早く逃げろ!」と叫ぶと、車体の下から煙が上り始めました。すると白バイ隊員は輸送車に乗り込み、そのまま走り去ってしまいました。銀行員ははじめ、白バイ隊員が爆弾から輸送車を遠ざけるために車を動かしたと思い「なんて勇敢(ゆうかん)な人なんだ」と感心していたのですが、あとに残されたのはただの発煙筒(はつえんとう)。そのとき初めて3億円が輸送車ごと奪われたことに気づいたのです。現場には白バイ(これは偽物(にせもの)で、犯人が手作りしたものでした)を含む多くの遺留品(いりゅうひん)が残されていたので、犯人逮捕(たいほ)は時間の問題と思われました。警察は地元の不良グループのメンバーであった19歳の少年Aが犯人ではないかとにらみました。この少年Aは、過去に盗みを繰(く)り返しており、父親が白バイ隊員で、白バイに関する知識が豊富であることが疑われた理由でした。ところが、少年Aは事件から5日後に自殺してしまいます。その後、警察はモンタージュ写真を公開しました。このモンタージュ写真は顔のパーツをつなげて作成されたものではなく、自殺した少年Aに似た人物の写真をそのまま用いたものでした。犯人を目撃した4人の銀行員は当初このモンタージュ写真が犯人と似(に)ていると証言していましたが、あとになって銀行員の一人が「実は犯人の顔を見ていない」と証言を変えるなど、モンタージュ写真の信ぴょう性がうすれ、警察もこのモンタージュ写真を正式に破棄(はき)しました。その後、多くの容疑者が捜査線上に浮かんでは消えていき、1975(昭和50)年に時効(じこう)が成立。日本史上もっとも謎の多い未解決(みかいけつ)事件となりました。

 ちなみに、盗まれた3億円はいまだに見つかっていないのですが、日本の保険会社が支払った保険金により、事件の翌日には無事従業員にボーナスが支給され、その会社も海外の保険会社の保険に入っていたため、救済(きゅうさい)されました。また、犯人は誰も傷つけずに現金を盗んでおり、被害金額2億9430万7500円をもじって、「憎しみ(2943)のない犯人」とあだ名されています。犯人はいまどこで何をしているのでしょうか。もしかしたら犯人はあなたの隣(となり)に暮らしているかもしれません。

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